「寝ることの意味」を考えよう
突然だが、「人間はどうして眠るのか」を考えたことはあるだろうか。
一般的に、睡眠の目的は頭と体を休めることだと考えられているが、私はもっと重要な意味があるんじゃないかと思っている。
私が考える「寝ることの意味」について書いていくので、ゆるっと読んでいただけたら嬉しい。(もちろんガッチガチの自論だよ)
寝る時間 = インスピレーション
私は「人間は寝ている間にインスピレーションを得ている」と考えている。
こう考えるようになったのは、スピリチュアルの草分け的な本である『神との対話』を読んだことがきっかけだ。
『神との対話』は、著者のニール・ドナルド ウォルシュが、離婚やリストラで人生のどん底に陥っているときに、最悪の気持ちを「神さまへの手紙」として書き殴ったら、ペンが勝手に動いて神さまから返事があり、そこから始まった神さまとの対話をまとめたという、めちゃくちゃユニークな本だ。
この本に書かれていた神さまの言葉が、「いつも私は君たちに話しかけているよ。ただ、君たちが本気で耳を傾けていないだけだ。特に寝ている時間は、君たちの魂は神のところにあるんだ。」というニュアンスのものだった。(全く同じではないと思うけど)
私はこの言葉を聞いた時に、「寝る時間って神さまに会ってインスピレーションをいただく超大事な時間じゃん」と思ったのである。
そこから繋げて考えると、寝ている間に見ている夢も、アイデアのヒントがたくさん詰まった重要なものということになる。ユング派の心理学者が夢分析を真剣に行っていたことにも納得だ。
ちなみに日本に心理カウンセリングを広めた河合 隼雄(かわい はやお)先生の『ユング心理学入門』は夢分析について書かれているが、夢からクライエントの症状の根本原因を探っていく様子は圧巻である。
このような経緯があって私は「寝ている間に神さまからインスピレーションをいただいて、日常の中で活かしていこう」と思うようになり、寝る時間を大切にするようになったのである。
▼ 『神との対話』(ニール・ドナルド ウォルシュ)
▼ 『ユング心理学入門』(河合 隼雄)
寝る前に身を清めることの大切さ
眠っているときに「神さまと会ってインスピレーションをいただいている」のだとしたら、ベッドに入る前に身を清めておくことも大切だ。
私はかなりの面倒くさがりで、それまで風呂に入らずに眠ったりすることも度々あったのだが、この自論に目覚めてからは、寝る前には必ず風呂に入り、歯を磨き、ストレッチをして体を整えるようになった。
つまり「神さまと会う前にしっかり身を清めておかなきゃ、良いインスピレーションはいただけない」ということである。
実はこの考えにもきっかけがあって、催眠状態で「魂」にアクセスできた奇跡の予言者といわれるエドガー・ケイシーの本『神の探求』が根拠となっている。(またしてもタイトルに「神」)
エドガー・ケイシーは<大いなる意識>に魂を同調させるために瞑想の重要性を唱えており、そのためには心と身体を浄化させることが大切だと語っている。
『神の探求Ⅰ』(エドガー・ケイシー)
瞑想を行うには、まず心を清めなければなりません。
心と身体を浄め、祈りによって自己を捧げましょう。憎しみや貪欲、悪意をわたしたちの心から遠ざけ、それらの代わりに愛と慈しむ心を養いましょう。
心身を浄めて、雑念を無くしてクリアな状態にした方が、神さまからのインスピレーションを得やすくなるらしい。
今となっては風呂に入らずに眠るなんて考えられず、「汚い自分だったら、神さまと会う時間がムダになってもったいない」と、脳死で身体を綺麗にしてからベッドに入るようになった。
▼ 『神の探求』(エドガー・ケイシー)
寝る時間を大切にしてから変わったこと
寝る時間を大切にするようになってから変わったのは、アイデアが自然と湧くようになったことだ。
心理学系の本を読んだり、他に試行錯誤していたことと複合的に合わさって効果が出たものだとは思うけど、以前より「アイデアが自然と湧く」感覚になったのは確かだ。
ブログの記事に関しても同じだ。起きている時間オンリーの私だったら、「マーケティング理論的にこういうコンテンツにしないと」とガチガチの理論で固めていたかもしれないけれど、今は「デザインの話、技術的な話、写真の話、日常的な考え方…全てを含めて私だから、ありのままの自分をブログで表現しよう」と思うようになっている。
理論を越えて、直感的なインスピレーションを得る時間。
それが私たちが眠りにつくことの意味なのではないだろうか。
▼ ナツリンの考え方系の記事だよ





