くぐつ草との出会いは、お気に入りの雑誌『喫茶店の本』を眺めていたときのことでした。
最初のページに大きく見開きで掲載された、洞窟空間のような不思議な店内の写真は、「いつか行ってみたい」という想いを湧き上がらせたものです。
あれから何度かくぐつ草を訪れたけれども、いつ来てもこの洞窟空間は、あの日写真で見たときの感動をはっきりと蘇らせます。
▼くぐつ草が掲載されている本
COFFEE HALL くぐつ草
1979年(昭和54年)に創業した「くぐつ草」は、江戸時代から続く人形劇団「結城座」の劇団員たちが、公演の合間に働く仕事場として始めた喫茶店です。
(今は劇団の活動が忙しく、劇団と喫茶店の運営ははっきりと分かれています。)
くぐつ(傀儡)とは操り人形のことで、草は後から付けた造語なのだとか。
「地下の店内に緑が少ないから」とか、「吉祥寺の街に根付くように」など名前の由来には諸説あるそうですが、実在しない草の名前はロマンがありますね。
喫茶店にしては珍しいことに、くぐつ草にはマスターがいません。
一人の主張ではなく、みんなで一緒に作り上げようという精神が、劇団員たちが始めた喫茶店らしくて、何だか素敵だと感じました。
外観
くぐつ草を訪れるのは、いつも暑い夏の日のこと。
太陽が照りつける中、吉祥寺の賑やかな商店街の喧騒をくぐり抜けると、気を抜いたら見逃してしまいそうな場所に洞窟への入り口が待ち受けています。
地下へと続く階段を降りると、ひんやりとした冷たい空気を感じました。
日曜日の午前10時半。
開店から30分しか経っていないというのに店は賑やかで、10分ほど待つことに。
店の入り口には柵で囲われた小さな窓があって、待っている間に薄暗い店の様子を眺めることができました。
しばらくすると店員さんが案内をしてくれて、カウンター席かテーブル席を好きに選んで良いとのこと。
一人で少し贅沢だけれど、この日はテーブル席に座らせてもらいました。
内観
土壁でつくられた洞窟のような店内は、薄暗いのだけど広々としていて、開放感があるのが何とも不思議。
店は縦に細長くて、奥の方には小さな庭園のような空間があり、柔らかな日差しが差し込んでいました。
洞窟ならではの涼しさと、外のような開放感を同時に感じるこの空間は、何度訪れても心地がよいものです。
デコボコとした土壁のくぼみは、創業当時の劇団員たちが瓶の底やこぶしを使って付けたものだそう。
背もたれのデザインがすべて異なる椅子や、珈琲カップ、調味料入れなどの備品も、創業当時に手作りされたものだといいます。
あちこちに店を作り上げた劇団員たちの息吹を感じることができるのが、この喫茶店に来ると不思議な愛しさがこみ上げる理由の1つなのかもしれません。
メニュー表もまた素敵で、木の表紙に彫られた手書きの文字が味わい深く、手で触れることで当時の劇団員たちに想いを馳せることができます。
ふと後ろを振り向くと傀儡(くぐつ)の写真が飾られていて、今でも劇団員たちの想いが大切に受け継がれていることをそっと感じました。
メニュー:ブレンド珈琲とパンプディング
くぐつ草のブレンド珈琲は、オールドビーンズの珈琲豆(よく実った良質な珈琲豆を2年以上自然乾燥させ、熟成したもの)を使用するのがこだわり。
青豆をすぐに焙煎した珈琲のような酸味や荒味が少なく、フレンチローストのじっくりした味わいを楽しむことができるのだそうです。
ブレンドは深い苦みの「ストロング」と、やさしい味わいの「ソフト」から選ぶことができます。
さらにコーヒー通の方のために、「スペシャルデミタス」という3杯分のブレンド豆をぜいたくに使用した一杯も用意されているのが嬉しいところ。
私はいつも「ストロング」の珈琲を注文しています。
小さな器に淹れられた深い苦みの珈琲は、少量でありながらもどっしりとした重みがあり、満足感はたっぷりです。
くぐつ草では、手間暇を惜しまずに手作りしているオリジナルメニューも人気です。
中でも「くぐつ草カレー」は開店当初から愛されているメニューで、約10種類のスパイスを香りが立つように炒ってから麻袋に入れ、1日がかりで煮込んでいるのだそう。
カレーを食べたい気持ちは山々だったのだけれど、この日は早い時間に訪れたこともあって、パンプディングを注文しました。
パンプディングは見た目の可愛らしさと、とろけるような舌触り、そして甘い卵の味わいが癖になる一品です。
朝の空腹を満たすのには丁度良いサイズ感で、日曜の朝からお腹に幸せを感じることができました。
店舗情報
街の喧騒から離れたくなったら、少し地下へと潜って、ひんやりとした洞窟空間を楽しんでみてはいかがでしょうか。
非日常なゆったりとした時間は、特別な癒しを与えてくれるでしょう。
▼くぐつ草が掲載されている本
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